夫婦そろって両親を祝福式に導く

ップガン修練会の精誠の上に、真のお母様から天運相続

福岡教区福岡東教会 教会長 川島貴昌

 11月3日に福岡教区で行われた「2014 天地人真の父母天宙祝福式」に私の両親と妻の両親が参加し、祝福を受けてくれました。トップガン修練会(10月10~30日)で精誠を尽くした土台の上で、真のお母様から直接多くの愛を受け、天運をいただいた結果であると実感しています。私たちの両親を祝福に導くまでの経緯を証しさせていただきます。

 2012年12月から、福島に住んでいた妻の両親と同居することになりました。義父母は、福岡に引っ越して来るのに際し、「統一教会には入らないようにしよう」と夫婦で約束してきたそうです。当時、私は教区の青年部長を、妻は青年部のマザーをしていました。

 同居生活が始まって1年が経った頃、私も妻も教会のスタッフなので、いつしか義母は私達が何をやっているか知らないといけないと思い始めたようです。妻が義母に書写を勧めると、義母はみ言を毎日書く中で、それまでの自分の言動を振り返るようになり、内的に耕されていきました。

 義母は義父に対し、ずっと気持ちを分かってもらえないという“恨”があったようです。しかし、書写をするようになって、だんだん気持ちが穏やかになり、それまで「負けてたまるか」と義父に言い返すこともありましたが、次第に少なくなっていきました。
 書写と並行し、教育センターにつなぐ土台をつくるために聖書にちなんだ映画を見せたり、霊界の本などを読んでもらったりしながら、義母を福岡教会の教育センターに連れて行きました。義母はそこで一通り原理講義を受け、一時難しくなった時期もありましたが、何とか学び続けました。

 今年3月、私が福岡東教会の教会長に就任したのに合わせ、義母は同教会の教育センターに移りました。スタッフの投入もあって義母の不信は解けていき、1Dayセミナーに2度参加。神様やみ言を受け入れていく中で、義母は大きく転換し、「死ぬまでには祝福を夫に勧めたい」と願うまでになったのです。

 また50周年特別路程において、私たち夫婦は義父母の祝福の為に精誠を捧げました。そして徳野英治会長や鄭東洙教区長のみ言に後押しされ、何とかして既成祝福を受けてもらうことを決意。義母に祝福式の話をしたところ、義母は同居をしてくれた私への感謝の気持ちから「受けよう」という気になり、義父にも話してくれました。そして私たちが拍子抜けするくらい、義父はあっさりと了承してくれたのです。
 義母は、義父のために努力してきたことが大きかったのではないかと話していました。今年はちょうど、妻が復帰されて21年、義父母の結婚40周年でした。

 一方、私の両親はこれまで、私の信仰に強く反対してきました。大学時代に私が教会に通っていることが分かり、一時軟禁されたこともあります。私たち夫婦が家庭をもって8年経ちますが、私と妻の父親同士は顔を合わせたこともない状況でした。

 私が教会長に就任した今年3月、父が脳梗塞で倒れました。父はリハビリを続けて車を運転できるほど回復はしてきているものの、後遺症も残っているようでした。
 そんな中、私は10月10日からトップガン修練会に参加。修練会が始まる数日前、両親に宛てて長文の手紙を書き、11月3日の祝福式に参加してほしいと訴えました。

 修練会中、宮崎の実家の母に連絡すると、父は「孫に会うために福岡に行くのはいいが、祝福式には参加しない」とのこと。母は、教会員である双子の兄が住んでいる熊本を何度か訪れ、現地の食口達と触れあう中で、「ここの人達は良い人達ばかりだ」という思いをもっていたこともあり、「教会長になった息子の為に」と祝福式への参加を決意。父には内緒で父のスーツや皮靴なども準備し、11月1日に福岡に来てくれたのです。

 その日の夜、父が寝てから、私たち夫婦と母と義母の4人で、父をいかにして祝福式に導くかの作戦会議をしました。
 私の母も義母も「息子が教会長になったし、参加してあげたい」という同じ思いをもっていたことを確認し、祝福式の前日の夕食時にとにかく父に話してみることになりました。

 次の日の夜、私から話を切り出したところ、母からの協助もあって、父は大きな反発もなく参加することになりました。その後、母同士はドアの外でガッチリ握手をしたそうです。小学1年生の長女が、父の耳元で「明日、祝福式に行くんだよ」と言うと、父は「わかった、わかった」と親指を立てて返事をしていました。

 祝福式当日、熊本の兄の家庭も会場に駆けつけ、私の両親は無事に祝福式に参加してくれました。両親は喜んで宮崎に帰っていきましたが、今回の一件を通し、両家が相当近くなることができました。
 徳野会長ご夫妻をお迎えしての教区祝福式という大きな天運に乗って、奇跡が起きたとしか言いようがありません。家庭部長からアドバイスを受け、相当に祈った土台の上で手紙を書くところから霊界が動き始めたのを感じます。

 祈っていく中で、今後いつ霊界に行くかわからない父のことを思うと「今回の祝福式に導くしかない」と深刻に感じ、両親の永遠の生命に責任を持ちたいという心情で取り組み続けることができました。

 熊本に住む兄夫婦も、田植えや稲刈りをする父を手伝うために、よく宮崎に帰省し、両親に尽くしてくれていました。兄夫婦とともに氏族復帰を意識して、特に両親の復帰のために尽くしてきた精誠が実ったようにも感じました。
 また、書写伝道の流れをつくって下さり、み言を通して祝福式への決意を与えて下さった鄭東洙教区長、そして両親のために投入して下さった福岡教会と福岡東教会のスタッフ・食口の方々に心から感謝申し上げます。

 そして何よりも、トップガン修練会で原理講義、“生涯路程”、天一国経典『天聖経』訓読を柱に、集中して精誠を尽くす期間が与えられ、最後は真のお母様から多くの愛を受け、天運をいただけたのが最大の勝因だと確信しています。ありがとうございました。