私の「恨」を解いてくださった、お父様(文鮮明師)のみ言

武田しのぶ(東東京教区 葛西教会)

 2011年11 月、「祝福」を受けることができないままで、夫を霊界に送らざるを得ない悲しみの中、夫の親戚が夫の両親に統一教会の悪いうわさを流し、突如として、私は49 日法要の喪主の立場を奪われました。

 一緒に暮らしていた夫の両親から、「一文無しのお前をただで置いておくわけにはいかない」とまで言われ、泣く泣く家を出ました。寝ても覚めても、両親、親戚に対する憎しみの思いで、涙する毎日でしたが、ある日の書写会で真のお父様(文鮮明師)が書かれ私を憎む者までも、ひたむきに愛そうというみ言が、私の心に火をつけました。

 
 人を憎めば、もはや私に存在価値はない
 私を憎む者までも、ひたむきに愛そう
 涙をふいて、微笑んで迎えるのだ
 おお主よ! 愛の痛みよ! 
 私のこの苦痛に目を留めてください
 底知れぬ苦悩に心臓が張り裂けそうだ

 何度も読み返し、慟哭しながら書写を継続。詩の最後にある「もし、あなたも私のように愛するなら、あなたに栄光の王冠を授けよう」という一節に希望の光を見いだし、憎む者までもことごとく愛し、「栄光の王冠」を授かることを私の一生の目標として生きていこうと決意しました。

 憎しみを払うため、あえて幸せだなあと言い続け、感謝できることをノートに書き出し、寝る前に、天の前に感謝を捧げました。夫の両親の良い所を見つけ出し、祈っていくうちに、体の中から熱い何かが湧き上がり、見るもの全てが美しく、愛いとおしく、喜びがあふれるようになりました。両親からは、「言いすぎて本当に悪かった」という電話がありました。私はその時、一つの勝利を勝ち取ったと、喜びでいっぱいになりました。


「CIG(復興団)」 のお話を頂いた時、私は多くの方々を愛したい、自分が受けた恩恵を分け与えたいと、伝道を決心しました。
それから間もなく、散歩の途中で、若い頃、主人とドライブしていた車と同じ黄色いオープンカーが目の前を横切りました。昔の楽しかった思い出が、走馬灯のように甦り、主人が祝福を待っているのだと思い、「霊肉界祝福」を希望しました。


子供たちにも祝福式に参加してほしいと伝えると、娘は喜んで参加すると言ってくれましたが、息子はふてくされた様子。娘が息子に「お母さんたち、まだ結婚式を挙げたことないから、初めてのウエディング姿を一緒に見に行こう」と説得、共に参席しました。一変して、祝福式に感動した息子が「きょうは本当に良かった」と、電話で話してくれました。それまでは教会のそばに来ても、絶対に入ろうとしませんでしたが、一緒に教会で食事もしました。


まだまだこれからですが、少しずつ氏族に向けて動き出していけるような気がします。