み旨と青春(4) ~反対父兄と直接会って信頼獲得~

統一教会の草創期、天のみ言に触れて、燃えるような情熱で天のみ旨に投入して、今日の教会の基盤を築いた先輩たち。彼らの青春を紹介します。

江澤進(777双)

 統一教会・原理運動に対する批判的なマスコミ報道が盛んだった1970 年ごろの話です。私は教会の公職者として歩んでいました。

 私自身やって良かったなと感じていることは、教会員の父兄に喜んで会ったことです。私はとにかくニコニコ笑顔で応対しました。
 ある姉妹の両親とお兄さんが教会を訪ねて来たことがありました。両親は反対するつもりでやって来たのですが、私はいつものようにニコニコしながら話をしました。
 そのお兄さんは後に教会員になったのですが、「江澤さんと会ったから、心を開くことができました」と話してくれたことがあります。

 親から実家に連れ戻されたメンバーの家に出かけて行ったこともあります。ある姉妹が、母親の手で家に連れ戻された時のことです。
 勝手に連れて行かれたので私も頭にきていましたが、それでも顔はニコニコしながら「こんにちは」と姉妹の実家を訪ねて行きました。
 残念ながら姉妹本人には会えず、その母親と四方山話をして帰りました。話と言っても、「娘さんはお元気ですか」という程度で、理屈っぽいことはほとんど話しませんでした。
 すると何日もたたないうちに、その姉妹が教会に戻ってきたのです。彼女の母親は、大根や味噌などを娘に持たせていました。

 親に連れ戻されたようなケースでも、私たちの方から訪ねて行けば、やがて教会員が戻って来ることが何度もありました。「教会に戻りたい」と教会員の決意が固い場合は、こちらから訪ねて行くことで「私たちは忘れないよ」というメッセージを本人に送ることができたからではないかと思います。

 やはり1970 年前後に静岡で歩んでいた時のことです。独立系キリスト教会の牧師やミッションスクールの先生、エホバの証人の信者などと一緒に、宗教者の集いを定期的に開いていたことがありました。
 ある時、私と同じくらいの年齢だったエホバの証人の信者が「聖書とは何か」と私に議論を吹っ掛けてきました。私は神学を学んだわけではないのですが、パッと言葉が頭に浮かんで「失った生命の木を取り戻すための歴史だ」と答えると、彼はぐうの音も出ない様子でした。
 独立系キリスト教会の牧師は「江澤君は正しい」と言ってくれました。その牧師は亡くなる前に、私のために遺品を準備してくれるような方でした。

 集いに参加していたミッションスクールの先生は、私が語った内容を自分の生徒にも話していたようです。先生の話を聞いた生徒の一人が、統一教会に来たこともありました。

 今でも思うのは、教会に反対している人で、私たちの方が論争して負けるような相手だったとしても、具体的に会って率直に語り合うことがとても重要だということです。
 私たちには“真の父母様の御言”という伝家の宝刀があるのです。