み旨と青春(6) ~困難な中で神様とイエス様の導き~

統一教会の草創期、天のみ言に触れて、燃えるような情熱で天のみ旨に投入して、今日の教会の基盤を築いた先輩たち。彼らの青春を紹介します。

増田勝(777双)

日本教会の初期を歩んで 
 日本の教会は、韓国・統一教会の海外宣教師、崔奉春(日本名・西川勝)先生によって出発しました。1959年10月2日に高田馬場駅近くで最初の礼拝が挙行されました。先生は、全ての場面で愛情に満ち溢れていました。

 私は1959年12月、20歳6ヶ月、大学2年の時に西川先生に伝道されました。洗礼を受けて3年目でした。
 記憶に残る伝道は1960年、大学3年の夏休みに40日間、松本道子さんと街頭板書講義をした事です。
 伝道対象者は、原則的にクリスチャンでした。再臨は、イエス様の約束です(『新約聖書』ヨハネの黙示録22章12節-17節)。
 イエス様が、再臨されたこと。神様の計画が成就される「時」が満ちて、成約時代の幕が開いたこと。現代の最大の福音伝道と理解し自覚していました。

 とは言いながら、若かった私には、キリストの再臨を伝えるのにふさわしい知識、経験、信仰が希薄であり脆弱でした。併せて、原理の御言の学習資料は、極めて乏しかった。結果として、個人においても全体においても解決すべき問題は山積していました。

 当然、教会の行き先の見通しも立たず、将来像も明確に描けていませんでした。
 このような困難の中にあったからだと思いますが、幾度となく神様とイエス様の導きを受け
ていました。その時点で果たさなければならない責任は、実行できていました。
 常に賛美歌「神ともにいまして」を小さな声で口ずさんでいました。もちろん、時を経た今日でもこのような恵みは享受しています。若かったので、いろいろ大変ではありましたが、すべて新鮮であり、今日以上に天の願いに敏感に反応していたと記憶しています。

 真のお父様(文鮮明師)のご来日は、1965年1月です。
 その時「この方こそイエス様の再臨」と認識、確認、感涙しての劇的邂逅を果たすまでに5年余りの年月が過ぎていました。その間、祈祷の時にはイエス様の霊的、具体的な導きを体験しています。

 このような経験からも、統一教会員は「キリスト・真の父母様」に侍って、神様の摂理である地上天国を実現しなければならない責任を負っていると思います。
 真のお父様のご聖和は測り難い哀しみです。
 慰めと希望は、真のお父様の「全ては勝利した」という御言です。