み旨と青春(9) ~霊的導きで開拓伝道、富山大学で「原理研究会」設立~

統一教会の草創期、天のみ言に触れて、燃えるような情熱で天のみ旨に投入して、今日の教会の基盤を築いた先輩たち。彼らの青春を紹介します。

鈴木眞智子(74双)

滋賀と富山の開拓伝道
 私は1963年に伝道され、1965年夏の40日開拓伝道は滋賀県の大津に行きました。今でも覚えていますが、大津駅に到着したのが夜の11時44分、行きの汽車賃だけでしたので、夜中に着いても、駅のベンチで休むしかありません。

 翌日、野宿をしていると警察官から職務質問をされました。女性一人の野宿ですから、訝な顔をして、いろいろ聞いてきましたが、最後にある婦人を紹介してくれたのです。
 その婦人を訪ねると、すぐに食事を準備してくれました。さらに、食事が終わってから「ところで、あなたはどなた?」と言いながらも、宿賃までくれたではありませんか。

 昼間は恒例の廃品回収に精を出し、夕方は路傍伝道を続けました。その後も婦人は3日に一度は食事を出して下さいました。40日で大学生ら数人を伝道、原理講義を100人以上にしましたが、大津で教会を建てるには至りませんでした。

 1966年には、富山で開拓伝道をしました。富山大学に「原理研究会」をつくるべく、毎日1食断食をして、精誠を込めました。江戸時代から富山と言えば薬売りで有名ですが、富山大学の薬学部には優秀な学生がたくさんいました。私は一人、展示会を準備しましたが、始まると新潟、福井からも兄弟姉妹達が応援に駆けつけてくれました。

 原理講義を聞いた学生が、友人を7人も連れて来て「入会申込書」まで書いてくれたので、ついに「原理研究会」を設立することが出来たのです。開拓中に久保木会長が巡回に来られたものの、教会と言っても6畳一間だけでしたが、「原理研究会」の設立を報告できたことがとても嬉しかった思い出です。

霊的導きの恩恵
 入教以来、神様と共に霊的に導かれた背景には、12月で102才になる母親が、クリスチャンを経て、立正佼成会で熱心に伝道し、2万人にのぼる多くの人を救ったという条件があったと思います。

 1970年代にハワイで、ご子女様が真のお父様(文鮮明師)に電話される姿を見て、自分もと床の中でお父様に霊的に電話したら毎日、お父様はお答えを下さいました。聖和(逝去)の少し前からは、全て伝授した。与えるだけ与えたから、これからは自分で考えよ」と言われました。