私の出会った文先生 ~心の一番深くから湧き出るお父様への慕わしさ~

田中君敏(祝福二世・31歳)

 今から15年前、16歳だった私は学校にも行かず土方仕事をしながら独り暮らしをしていました。不良グループにも入り、警察沙汰も日常茶飯事の私は、「これが最後のお願い! あとは自由に生きて良いから」と母にすがられ、98年12月にブラジル・ジャルジンの40日家庭修練会に参加しました。

 修練会中のある時、お父様(文鮮明師)が来られて御言を語ってくださる機会があり、会場を闊歩されるお父様が私の前まで来られました。そして私の顔を見つめながら、「放蕩息子がいくら…。天に対する忠誠の姿勢を正さなければならない!」と激しく語られたのです。その時両親は、「このドラ息子の親は誰だ!?」とお父様から叱責される覚悟をしたそうです。

 ジャルジン修練会の後、家族と共に数か月間滞在していたウルグアイでも御父母様と近く接する機会がありました。腕っぷしが買われたのか、御父母様が滞在されていたホテルで護衛にあたることになったのです。御部屋を守り、ドアの鍵を開けて差し上げ、エレベーターにも同乗しました。お父様の散歩に、側近の方と私の2人きりで付き添ったこともありました。また、御前で私が歌をお捧げしたときには、お父様も一緒に唄い出され、2人でデュエットをしているような恰好になりました。

 時は遡って幼少期、入国が実現した真の御父母様を空港までお出迎えした際に目にした、御父母様の姿に泣き崩れる多くの一世の姿を今でも憶えています。
 御父母様を一目見ただけで湧き上がる慟哭が、〝彼ら″を立っていることすらできなくさせる…、幼いながらに目の当たりにしたその光景に、私は何度でも胸を熱くさせられます。

 後に、「STFプログラム」に導かれ、〝彼ら″と同じように最前線で歩んでいた私はある日、お父様に外見が似ている老人と出会いました。「あ、似ている!」そう思った瞬間、お父様に対する怒涛のような激情と涙が溢れました。心の一番深くから湧き出るお父様への慕わしさは、自分の愛と生命と血統の主体に対する思慕でもあり、神様がお父様に対して抱かれる心情でもありました。
 それは神様と人間の本然の関係性を、そして御父母様が神様の恨みを解放し、真の美と喜びをお返しする摂理史を肌身で感じるような、何物にも代えがたい宝石の体験でした。

 最近、お父様から叱られる夢を見ました。「お前たちは!」と激しく叱られ、ベシッと頭を叩かれたのに、なぜかお父様の掌からは温もりだけが伝わり、優しく撫でられたような感覚だけが残りました。夢から覚めた私は泣いていて、これからはお父様に心配かけることなく、その遺志を引き継いで歩んでいこうと悔い改めました。