私の出会った文先生 ~メシヤは「泥沼に咲く蓮の花」のような方でした~

2 男3 女の子女と9 男5 女の孫に囲まれて

横井捷子(43 双)

食口のためにこんなにも涙を流してくださるお方
 私は毎週水曜日の朝、松濤本部で20 名ほどの婦人と共に祈祷会に参加しております。そこでは真のご父母様(文鮮明師ご夫妻)のため、世界平和のため、全国の食口(教会員)たちのために祈るのですが、涙の流れないことはありません。

 実は私が初めてお父様(文鮮明師)とお会いしたのは、お父様のお祈りの場面でした。1965 年の1 月、お父様が21 年ぶりに日本を訪問してくださった時のことです。お父様は南平台の教会に到着されると、待っていた兄弟姉妹を前にして、テーブルに両手をおき、頭を深く垂れながらお祈りされました。「先生と全然会ったこともないのに、こんなにも日本で頑張ってくれていました。神様ありがとうございます」。テーブルの上は流された涙でびしょびしょになっていました。

子供のために犠牲になられるお方
 その当時私にとってのお父様は、先生の中の先生であり、人類のメシヤであり、空の高い所で24 時間神様と一つになっておられ、私たち堕落人間のように祈りの時間をもつことはないお方というイメージでした。

 ところがお父様のお祈りは全く違っていました。お父様は私たち堕落人間が罪悪の泥沼につからないように、ご自身があえて泥沼につかりながら、私たちを神様に近づけてあげようともがいておられたのです。子供を救いたいと必死になって頭の上に押し上げてくださるお姿は、まさしく「泥沼に咲く蓮の花」のように尊く思えました。

日本を愛し、誇ってくださるお方
 そんなお父様に対して、私は普通の日本人がそうであるように、「自分のような者はまだまだ足りないし、おそれ多い」と思っていました。ところが大山きみこさんという方は「私はお父様の子供なんだからいつでもどこでも一緒でなければおかしいし、祝福も当然いただかないと」と考えている方でした。大山さんは僑胞の方なのでそのように考えることが出来るのかなとうらやましく感じていました。

 お父様はある時、開拓伝道に出発する兄弟に対して、神様がいかに日本を愛されているか話してくださいました。「日本の花嫁は白無垢を着るが、これは嫁ぐ夫のために、どんな色にも染まりますという覚悟をあらわしている。また日本の侍はどんな殿様にも忠誠を尽くしてきた歴史を持っているんだね」。このようにお父様は日本人も知らないようなことをよく御存じで、日本人以上に日本を誇ってくださっていることが本当にありがたく感じました。

 たとえ怨讐であっても真の親であるがゆえに受け入れて下さり、不足なまま愛してくださるお方の胸に、幼い私は娘として飛び込んでいけるようになりました。
 今では毎朝訓読しながら、お父様の声が聞こえてくるようで、涙があふれて参ります。