【祝福伝道の証】 拉致監禁した両親が祝福を受け入れてくれた!

新潟教区 長岡教会 竹野敦子

 10 年前から、両親の「祝福」を願い、祈願書も書きながら取り組んできました。
 私は、大学生2年の時に東京で復帰されました。卒業式の日、母に「東京見物したいから、ドライブしようね」と言われて、そのまま高速道路に乗り、新潟の実家近くの借家で40 日以上監禁されました。

 反対牧師や親戚、家族から毎日脱会を迫られる中、何とか偽装脱会し、解放されました。しかし、両親に監視され続けた事と自分の弱さから教会を離れ、再復帰されるまで12 年かかりました。その間、一般の方と結婚し、子供を授かりましたが、その子のため、「蕩減復帰」をかけて、神様、真の父母様(文鮮明師ご夫妻)を求める生活が始まりました。

 教会に戻ってから、夫にも信仰を反対され、8 年間無視されました。それでも「既成祝福」の道を諦めず愛しましたが、夫は教会の話に一切聞く耳を持たず、反対し続けました。
 関係が悪化してから半年間、私は離婚を回避するためあらゆる努力をしましたが、帰宅すると「早く離婚届に印を押せ! この家から出ていけ!」と責められる毎日でした。

 神様に尋ね、泣きながら祈りました。時には、すべてを投げ出したい気持ちになりましたが、子供の親権を取るために必死でした。
 結局、その年の暮れに調停で離婚が決まりました。どのような結果でも感謝しようと心に決めていましたので、不思議と悲しさはありませんでした。かえって、公的な歩みを通して、子供の運勢だけは守ってあげたいと、仕事を持ちながら、必死に公務をやる決意で出発しました。

 そのようなどん底の中、今年2 月に大きな変化がありました。両親に夫婦セミナーの参加をお願いすると、意外にも父から「いつも世話になっているから、一度だけは参加してやろう。お母さんは俺が説得してやるから」と初めて教会のイベントに参加しました。

 現実的には、2 カ月後の教区主催の祝福式参加は簡単ではありませんでしたが、絶対にこのチャンスを逃さず、両親に祝福を受けてもらいたいとの思いから、「とにかく、もう一度だけ、教会のイベントに参加してほしい」と前日までお願いました。

 いよいよ祝福式の当日、高速道路で会場へ向かう車の中で、しんみりと色々な話をしながら、ふと、大学の卒業式に高速道路に乗って拉致監禁された私が、ちょうど21 年後に今度は、両親を高速道路に乗せて祝福式に向かっているのだと気づき、原理原則の「蕩減復帰」の道を実感しました。

 会場では宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長夫妻からたくさんの恵みを頂き、背後にいらっしゃる真の父母様の溢れる愛を感じました。
 帰り道、満開の桜並木道をドライブしながら、母の希望で「お父さんと瓢湖(ひょうこ)で白鳥が見たい」という願いを聞いてあげました。「40 年経って、やっとお母さんの願いが叶った!」と本当に喜ぶ母を見て、父も嬉しそうでした。

 奇跡の連続のこの数か月は、正に霊界の導きの連続でもありました。苦痛と悲しみを越えた後に、たくさんの願いを果たしてくださった神様、真の父母様、興進様、大母様に心から感謝いたします。本当にありがとうございました。