「2013 ヨーロッパ聖地巡礼ツアー」(中)

 去る2013年11月30日(土)から12月7日(土)まで、7泊8日の日程で行われた「2013 ヨーロッパ聖地巡礼ツアー」を引き続き紹介します。

(この記事は、『VISION 2020』第23号〈2月1日号〉に掲載されました)

 過去の鏡に現在の自分を映しながら、自らの信仰と共に私たちの信仰共同体を顧みることのできる機会こそ、聖地巡礼がもたらす恩賜の一つであるということを、ヨーロッパ聖地巡礼団は一日一日のスケジュールをこなしていく中で、悟ることができました。

 ヨーロッパ聖地巡礼の3日目は、まずジュネーブの旧市街地と、ローマ・カトリックに抵抗して宗教改革運動に励んだカルヴァンを始めとするプロテスタントの先駆者を記念するためにジュネーブ大学内に設立されたバスティオン(Bastion)公園の宗教改革記念碑を回りました。見学の途中、真の父母様がスイスを「逃避城」と呼ばれた理由を、宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長が説明してくださいました。

 スイスは現在もカトリックとプロテスタント信者の割合がほぼ同じ水準で、過去のヨーロッパ宗教戦争にも介入をせず、プロテスタントを受け入れた国家です。これに対し、真の父母様は、「人類歴史の代表的な逃避城がスイスですが、そこに宗教を中心とした王宮を建てようというのです。再臨主が逃避城に行って、救ってあげなければなりません。祝福し、相続させてあげなければなりません」 というみ言を、2006年9月25日、天正宮博物館の訓読会において語られたことがあります。愛を標榜する宗教が、互いに教理が違うという理由で一つになれず、争い合ってきた過去のヨーロッパ諸国の中で、スイスは天が準備した「逃避城」だったというのです。

 2006年4月28日から、真のお母様が『神様の理想家庭と国家と平和王国』という主題で、世界180ヵ都市を巡回しながら地球村に平和と愛を伝えられた時、ヨーロッパ巡回講演のベースキャンプになったのが、正にスイスのジュネーブにあるインターコンチネンタルホテルでした。聖地巡礼団は、当時、ヨーロッパ各国の都市でみ言が宣布される間、真のお父様が釣りをしながら精誠を尽くされたというレマン湖(またの名をジュネーブ湖)と、近隣のモンブラン橋、イギリス公園も回ることができました。

 その後、巡礼団は、2011年4月24日に韓国で「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」の出発がなされた後、すぐにヨーロッパ8ヵ国(スペイン、イタリア、ノルウェー、ギリシャ、トルコ、イギリス、スイス、ドイツ)でも大会が挙行される中、2011年5月13日にスイス大会が行われたジュネーブの国連欧州本部を訪問しました。そこでも、宋龍天総会長から当時の真の父母様に関する逸話が紹介され、続いて李海玉サモニムが、大会当日の夜、ジュネーブの国連欧州本部のすぐに横にある「ヴィユ・ボワ(VIEUXBOIS)」という有名なレストランを偶然訪問し、そこでミハエル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)元ソ連共産党書記長と会ったという話を披露してくださいました。

 昔、たった一度だけ会ったことのあるゴルバチョフ元書記長が、多くの人々が群がっていたレストランの廊下を通り過ぎていったのですが、その群がりの中に、小さな体をした東洋女性である李海玉サモニムもいたといいます。ところが、何気なくサモニムの横を通り過ぎていったゴルバチョフ元書記長が、だいぶ向こうまで歩いていった後、突然引き返して、サモニムの前までやってきたというのです。彼の補佐官を始め、関係者たちは理由も分からないままサモニムを囲む形になったのですが、このような状況に対して最も戸惑ったのは、やはり李海玉サモニム御自身でした。

 しかし、サモニムが内心当惑しながらも、ゴルバチョフ元書記長に向かって落ち着いた声で、「真の父母様はあなたを心に留め、あなたのためにいつも祈祷しておられます」と伝えると、彼はその時になって初めて、我知らず、何かに惹かれて李海玉サモニムの前に戻ってきた理由に気づいたというのです。偶然と言うにはあまりにも不思議で、まるで天が準備した必然的出来事であるかのような証でした。

 李海玉サモニムの証を聞き、巡礼団の参加者は皆、感嘆の声を連発しました。ところが、続いてさらに興味深い証を、宋龍天総会長がしてくださったのです。その出来事があった翌朝、指導者たちと訓読会をしていた宋龍天総会長に、突然真の父母様から電話が入り、「これから、あなたがロシアと中国の扉を開かなければならない」 というみ言を下さったというのです。これをきっかけに、「ユーラシア・ヨーロッパ指導者会議」が開催されることになりました。そして、今回のヨーロッパ聖地巡礼ツアーの4日目に当たる12月3日(火)、フランスのパリで開かれるこの会議に、聖地巡礼団が招待されて参加するという栄光を受けたのです。

 ジュネーブの国連欧州本部を後にした巡礼団は、そのままスイスのインターコンチネンタルホテルに向かい、午餐会に参加しました。インターコンチネンタルホテルは、1985年8月20日から24日まで世界の碩学を集めて「第2回世界平和教授アカデミー世界大会」が開催され、真の父母様の指示のもと「共産主義の終焉」が宣言された所として有名です。

 1985年当時は、ゴルバチョフ・ソ連書記長がペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)政策を始めた時期ではあっても、決して「共産主義の終焉」を宣言できるような雰囲気ではありませんでした。このような指示を受けた議長を務めるモートン・A・カプラン博士(当時、シカゴ大学政治学科教授)は、3回も真の父母様の元を訪ね、主題を違う言葉に替えることを提言したといいます。しかし、真のお父様は「共産主義は5年以内に崩壊する」 と言われ、その行事を強行されました。

 またこのホテルは、「普遍的価値とその実践躬行による世界平和実現」という主題で、2006年7月14日、300人以上の各国平和大使が参席する中、真の父母様が「第4回蒙古斑同族世界平和連合世界大会」を挙行された所でもあります。巡礼団は、真の父母様と深い縁のあるこのホテルに関する説明を聞いた後、直接ホテルを回り、午餐会に参加しながら、当時、真の愛と真理によって世界を抱こうと努力された真の父母様の心情をわずかながら感じることができました。

 続いて、巡礼団は世界教会協議会(WCC)に寄って記念撮影を行った後、フランスの超高速鉄道テジェヴェ(TGV)に乗ってパリに移動しました。スイスのジュネーブは、その三面がフランスに囲まれています。島国の日本から来て、「外国」や「国境」に対し、ただ「遠いもの」という感覚を持っていた巡礼団員は、ジュネーブ駅からフランスのリヨン駅に向かう列車の中で、「神様の下の人類一家族」というスローガンが、決して実現不可能なものではないと感じることになりました。合わせて、日韓トンネルや国際ハイウェイプロジェクト、さらにはベーリング海峡プロジェクトを通し、「神様の下の人類一家族社会」を直接創建しようと努力してこられた真の父母様の深いみ意と心情を、改めて悟ることができました。

 一方、美しい自然風景を誇るアルプスの国スイスを後にしながら、巡礼団は、「今までは人類を復帰するために努力してきたが、これからは自然も復帰しなければならない。そして、これまで私が回り、滞在した世界各地が、人類が争い合って訪ねる聖地になる日も遠くない」という真のお父様のみ言が実際に実現してきているという確信を、胸深く抱くことができました。巡礼団のある参加者は、「真のお父様のみ言のとおり、真の父母様が抱いて愛されたヨーロッパの聖地を回る歴史的な最初の巡礼者になることができ、何よりも嬉しいです」と、溢れんばかりの感動を表現しました。2013 ヨーロッパ聖地巡礼ツアー(下)に続く)