長山照利さんの「帰歓式」に700人参列

数多くの人から愛された照利さん

照利さんの聖和式で送辞を述べる姉の鈴加さん - コピー

 祝福二世の長山照利さんの「帰歓式」と「聖和式」がそれぞれ10月6日と7日、主礼に福﨑聖剛・東愛知教区長を迎え、愛知県豊田市の斎場で行われました。

 照利さんは2003年6月3日生まれ。愛知県豊田市在住の36万双祝福家庭、長山幸嗣さん・文枝さん夫妻の次女で、豊田市立平和小学校の5年生、享年11歳でした。バスケットボール部に所属するかたわら、和太鼓「天父報恩鼓」でも活躍する、積極的かつ優しい性格でした。

照利ちゃんの帰歓式(10月6日夕) - コピー 聖和式には小学校の友人を含む450人(帰歓式では700人)が参列。また、愛知県選出の国会議員や地元の地方議員など、各界から多数の弔電が寄せられました。
 式典では、小林直子・東愛知教区婦人代表による報告祈祷に続き、宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長と徳野英治・日本統一教会会長のメッセージが代読された後、故人の略歴が紹介されました。

 聖和の辞で福﨑教会長は「照利さんは地上でも多くの人に囲まれ、多くの人から愛されていました。教会でも幼い子供たちの世話をしている照利さんの姿をよく見かけました。霊界に行っても周りの人たちのために生き、天国を作っていかれると思います。笑顔で照利さんを天国に送ってまいりましょう」と結びました。

 姉の鈴加さんは「あかりへ、今までありがとう。11年という短い人生だったけれど、どんなことでも決してあきらめない子でした。バスケも一生懸命だったね。霊界でもずっと見守っていてね。あかり大好きだよ」と、涙ながらに送辞を述べました。

 続く映像で、照利さんの作文「しょうらいのゆめ」が紹介され、小学1年生の時に読んだナイチンゲールに感動し、医者になるためにたくさん勉強するとともに、人を大切に思う気持ちを強めることが大事だ、という内容が読み上げられた際は、会場のあちこちからすすり泣く声が聞こえました。

 照利さんを偲びながら、聖歌42番「神ともに居まして」と聖歌70番「善き闘いを成し終えて」を讃美。参列者による献花の後、全体で黙祷を捧げました。

 最後に、遺族を代表して、父の幸嗣さんが次のように感謝の意を表しました。
 「子を失うという経験をしたことのなかった私には、絵空事のように思っていましたが、今、失ってみないとわからない心情を味わっております。
 将来はお医者さんになりたいと言っていました。アフリカに行って、貧しい子供たちの病気を治してあげたいと話したこともあります。
 照利の夢はかないませんでしたが、お友だちのみなさんは、照利の分まで生きて夢をかなえて下さるようお願いします。今日は、このように多くの方にお集まりいただき、誠にありがとうございました」