両親と祝福式に参加した夫婦が見た奇跡

南東京教区 南大田家庭教会 会社員(男性) 家庭連合との出会いは、5 年ほど前のことになります。 妻にとって、その出会いは真っ暗な闇の中に見出した一点の光明でした。 私たち夫婦はなかなか子宝に恵まれず、妻は3 度の流産を

【祝福伝道の証】 拉致監禁した両親が祝福を受け入れてくれた!

新潟教区 長岡教会 竹野敦子  10 年前から、両親の「祝福」を願い、祈願書も書きながら取り組んできました。  私は、大学生2年の時に東京で復帰されました。卒業式の日、母に「東京見物したいから、ドライブしようね」と言われ

私の出会った文先生 ~メシヤは「泥沼に咲く蓮の花」のような方でした~

横井捷子(43 双) 食口のためにこんなにも涙を流してくださるお方  私は毎週水曜日の朝、松濤本部で20 名ほどの婦人と共に祈祷会に参加しております。そこでは真のご父母様(文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻)のため、世界平和のた

私の出会った文先生 ~直接侍る中で見た精誠の生活~

阿部知行(777双)  1980年秋、妻が訪韓した折に突然、真のお母様(韓鶴子総裁)が「日本の食口(教会員)夫婦が真の家庭に仕える時が来た」とおっしゃり、不足だらけの私たち夫婦が、その任にあたることになりました。今よりも

私の出会った文先生 ~先駆的“日韓家庭”の一人娘として愛された人生~

末永喜久子(777双)  私は1944 年、“一代前の日韓家庭”(両親)の一人娘として、中国山西省で生まれました。日本の軍人だった父が満州で負傷した時に、看護婦をしていた韓国人の母から輸血されて助かったのが縁でした。母は

私の出会った文先生 ~真の父母様の愛によって救われた妻と子供~

飯野貞夫(777双)  777双祝福10周年を迎えた頃、私は家庭会の初代会長をしていました。そのため、真の父母様(文鮮明師、韓鶴子総裁ご夫妻)に差し上げるために各家庭の写真を集めてアルバムを作り、ドイツにおられた父母様の