私の出会った文先生 ~メシヤは「泥沼に咲く蓮の花」のような方でした~

横井捷子(43 双) 食口のためにこんなにも涙を流してくださるお方  私は毎週水曜日の朝、松濤本部で20 名ほどの婦人と共に祈祷会に参加しております。そこでは真のご父母様(文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻)のため、世界平和のた

私の出会った文先生 ~直接侍る中で見た精誠の生活~

阿部知行(777双)  1980年秋、妻が訪韓した折に突然、真のお母様(韓鶴子総裁)が「日本の食口(教会員)夫婦が真の家庭に仕える時が来た」とおっしゃり、不足だらけの私たち夫婦が、その任にあたることになりました。今よりも

自叙伝を通して「霊肉祝福式」に導いて下さった

愛媛教区・新居浜教会 横川久代  文鮮明師の自叙伝『平和を愛する世界人として』を通して伝道対象者を祝福に導いて下さった天の父母様(神様)、真の父母様(文鮮明師・韓鶴子総裁ご夫妻)に感謝いたします。私が自叙伝配布を通して、

私の出会った文先生 ~先駆的“日韓家庭”の一人娘として愛された人生~

末永喜久子(777双)  私は1944 年、“一代前の日韓家庭”(両親)の一人娘として、中国山西省で生まれました。日本の軍人だった父が満州で負傷した時に、看護婦をしていた韓国人の母から輸血されて助かったのが縁でした。母は

私の出会った文先生 ~心の一番深くから湧き出るお父様への慕わしさ~

田中君敏(祝福二世・31歳)  今から15年前、16歳だった私は学校にも行かず土方仕事をしながら独り暮らしをしていました。不良グループにも入り、警察沙汰も日常茶飯事の私は、「これが最後のお願い! あとは自由に生きて良いか